「燕歌行」 二首 其一

秋風蕭瑟天気涼        秋風蕭瑟として天気涼し

草木揺落露為霜        草木揺落して露、霜となる

群燕辞帰雁南翔        群燕辞し帰り、雁南に翔ける

念君客遊思断腸        君が客遊を念ひて思い断腸

慊慊思帰恋故郷        慊慊として帰るを思い故郷を恋(した)わん

君何淹留寄他方        君何ぞ淹留(えんりゅう)して他方に寄る

賎妾煢煢守空房        賎妾煢煢(けいけい)として空房を守る

憂来思君不可忘        憂い来たりて君を思い忘るべからず

不覚涙下沾衣装        覚えず涙下りて衣装を沾(うるお)す

援琴鳴絃発清商        琴を援(ひ)き絃を鳴らして清商を発す

短歌微吟不能長        短歌微吟し長うするあたはず

明月皎皎照我牀        明月皎皎(きょうきょう)として我が牀を照らし

星漢西流夜未央        星漢西に流れて夜未だ央(の)きず

牽牛織女遙相望        牽牛織女遙かに相望む

爾独何辜限河梁        爾独り何の辜(つみ)ありてか河梁に限らる


魏文帝・曹丕の「燕歌行」二首のうちの一つ目です。これは見てお分かりのように七言詩なの
ですが、実はこの時代は五言詩絶盛で、七言は卑俗なものとすらされていたんです。本格的な
制作がはじまるのは宋・斉(5世紀)で、その点でこの詩は七言歌行の先駆として文学史上に
残るものです。ちなみに前出の『詩品』では中品に叙せられています。
しかし、正直に言えば、いちいち表現がかたいと思われませんか?よく言えば修辞的といいま
すか。ですがこれはまぁ曹丕の作品に共通するものですね。しかしそれは彼の本来の性格は
もとより、その立場に依るところも多いのは確実ですよね。帝国の君主が過分に芸術家と言え
ば、陳の後主だの徽宗(北宋)だの、ちょっと散々です(ヒドイ)素人目から見て、やはり芸術家
というのはムラっ気があって、ちゃんとした王としては成り立たないのではないかと。ていうか時
代がちゃんとしてたらそんな人は一生優雅な風流親王生活でしょうしな(笑)だから曹植を曹操
が後継に据えなかったのはえらいと思うんですよ。
オット、話がずれました。ちなみに私は曹丕は好きですよ。まぁ詩にこだわることはないと思う
んですね。彼は詩人ではなく文学者ですから。ちょっと(だいぶ)贔屓目入っているかもしれま
せんが(汗)
ちなみにいろいろ言いましたけど、一句目の「秋風蕭瑟として天気涼し」というのはすごく語感
的によくて、私は好きなんですが。なんというか、考えに考えてひねり出したっぽくて(笑)

なんと全句末を同音で韻をふんでいます。驚異的です。




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